GSの思い出

GSの思い出(5)

支店長の圧力的な指示で開始された私のGSの修理。本当にいたたまれない気分でした。山崎工場長及び藤本さんに、「すいません、すいません」の連続で、この言葉、その日に100連発したように思います。(吉本の下手な芸人の様)その時、お二人とも、無言だったのが、恐ろしさを増したのは、言うまでもありません。(今だ、藤本さんに話をするときには、“すいません”がついてしまうのもその日から始まったのではないかと思います。)

翌朝、朝礼の後、工場長が、「車をリフトに入れろよ」との声。「どの車ですか?」と私。「おまえの車に決まってるやんけー。修理せんでもいいんけー!」うれしい!!私は、急いで工場のスミに置かれているブルーのGSに乗り込みKyeをひねる。うーん。エンジンがかからない。アクセルを踏む。早くしないと、怒られる。あせる!あせる!・・ボボボウーン。かかったと思って後ろを見るとすごい煙。そ、その中から、工場長の姿。あー又やってしまった。工場長の咳き込む声・・・。その後「すいません。100連発・・・」こうしてこのGSのおかげで、京都営業所内の私の地位も名誉?もなくなりました。

私のGSの悪い部分は数多く、水芸の様なLHMオイル漏れ、エンジンオイル漏れ、クラッチすべり、点火系全見直し、マフラー破れ、キャブづまり、ベルト系全交換、などなどです。お2人様に丁重にお願いして、3時間後に営業から帰り、我GSを工場に見に行くと、えー!とんでもない状態にー!エンジンルームが、がらんどうになり、前廻りは、フェンダーしかなくなっています。奥の方には、ミッションだけが・・・。(そのときは、GSの修理方法がわかりませんでしたので、本当に驚きました。)元通りになるのかなあ?これはもしかして嫌がらせ?工場長〜、藤本さ〜ん、どないなったんです?

つづく

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